長男は最近スプリンギンでワークを作る頻度が落ちてる

スプリンギン、親も子供も大好きなんだけど、長男は最近ワーク作成の頻度が落ちてる。 でもそれもいい。というか親の方が焦ってる感じがする。キャンペーン頻繁に運営側がやってくれるので、大人は「これ出さないと勿体無いのでは」と思ってしまう。でも子供は違う。子供は今、のらないのだ。

かといって作ることをサボっている訳ではない。子供部屋ができたので、そこでいろいろ書いたり切ったりしてる。裁縫もやってみた。畑で玉ねぎも収穫した。刺激の種類も選択肢も増えている。良いことだ。興味と関心が、スプリンギンに関してはちょうど今谷に来ている感じ。

大人は知識も経験もあるので「いまユーザーさんすごく増えているから、入選も難しくなってきてる。作ることを続けたらいいのに」などと思ってしまう。ははは。この大人め。大人も子供も共通してはっきりしているのは「作ることが義務になったらつまらない」ということ。義務でつくったものが面白くなるはずがない。

もともとざっくりと「小学校四年生くらいまでは、のんびりやってください」と思っていた。 子供特有の「夕日がなんか巨大過ぎて怖い」みたいな感受性はその時にしか育てることができない。大人になってから物を作ったり何かを感じるときには、子供の頃に培った感受性をピザ生地のように、伸ばしたり形を変えたりして行われるのだと思う。ピザ生地自体が小さければ、大きく伸ばすこともできない。

「想像力」や「発想力」にとって、ある意味数字は敵になる。成果が数字になって明確になると、それを追いたくなってしまい「数字が目的」になるからだ。成果よりも行動自体が楽しめる方が良いと思う。いつもいつまでも「作ることが楽しい。楽しいから作る」でありたい。大人はその良い観客となって楽しみ、褒めて、素直な気持ちで改善点を示唆する。大人に求められるのはそこだけで、成果や順位にではなく「子供のそのもの」に対してだけ、視界は向けられるべきだと思う。


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