自宅でとれました。
父上が収穫。

まいど。
さーーて、やっとこさ色々終わったからねるかーー。
なんだか年末進行のど真ん中ですな。

最近仕事の考え方、進め方が自分の中でかわってきて、俺的には面白いです。
mixiのみんなの日記もかなり少なめ。
そりゃまあ忙しいよね(笑)

とりあえず今日はおしまい。
昨日お風呂に入ろうと思ってそのまま寝入ってしまったので今日は入ろう。

ってことで簡単ですが。
とはいえ、さすがにそろそろ忙しさも消えかけてはいるんだが…。


まいど。

やー今日さむい。
でも寒いの忘れるくらい富士山きれいだね!
ちょっとテンション上がって、朝、写真を撮りにあるいて来ました。
宝永山まで雪が来るって、なんか久しぶりにみたんだけど!
ってことで、写真をぱちりです。

さーー今日もやるか。
ディレクションについての勉強が進みません。

橋本弁護士は知事選でなくて、タレントでいいのに。


まいど。

今日はまたお客さんのところに外出があります。
金曜日も多分一日外出。なんか、ちょっと前には考えられない頻度です。
制作をできるだけやろうと思って、スケジュールをとっていたのですがそれだと足りないことも多々ありますね。
特にwebの更新頻度が落ちてしまって…。そのあたりをケアできる制作会社(会社でないけど)になりたいです。
もちろん、きちんと儲けも取って(笑)

以前おかださんに紹介していただいた「ウェブの仕事力が上がる標準ガイドブック 3 Webディレクション」を読みながら色々勉強させてもらっています。web検定に対してあんまり前向きでない僕ですが(笑)この本はよくできているな、と思います。
おかださんおすすめの言葉通りでした。

めずらしく飛ばし読みをせずに、じっくり読んで何度も何度も読みながら進めているのですが(そのせいで進みが遅い)「これいいな」「これどうなん?」ってところもありますね。

まだ途中ですが、用件定義などの書類をきっちりつくることは、昔は「めんどくさいしそこまで必要ない」って思っていました。
今は「あったほうがいいよな。」って思います。立場と規模が変わったんですね。
実際に打ち合わせしていて「あ、これはこの書類があればトラブルにならずにすんだのに」って思うことが結構ありました。
そう思えただけでも儲けもンです。思えばやるんで。

でも同時に思うことがあります。それは
「用件定義をめんどくさいっていって読まない人ほど、トラブルを起こしやすい」
ってことなんですね(笑)
中小規模であれば、まぁ仕方のないことかもしれません。

そういう意味でも大事になってくるのが「いかに読みやすい用件定義をつくるのか」ってことだと思ったりします。
いかに「読む動機」が生まれやすいコンテンツになっているか。
これって実はweb(blog)も同じなんですよね。「いかに更新したくなる導入ができるのか」
その「仕掛け」の部分が、今年は足りなかったし、だから気付くことができたといえます。

あと、本を読んでいて思うのが「とにかく書類が多い」ってこと。
多いのは決して悪くないんですが、なんか「どの書類がなんのためにあるのか」が訳分からなくなってきます。
なんで工程毎に「最終的にこの書類を作る。そのためにこれとこれが必要」っていう上下関係を把握しないといけないなぁって思ったりしてます。

なんにしてもwebの世界はだんだん仕様書と工程管理の世界に染まっていくことは確実だと思います。
その流れに何とかしがみつきたい32歳です(笑)

さーーやるか。


まいど。

今、去年の夏頃に一生懸命聴いてたトルネード竜巻の「言葉のすきま」って曲を聴いてる。
すっごく不思議な曲で。個人的には人生でいつまでもきいてるだろう名曲。
適度な轟音と、不思議な感じのバランスがいいね。
で、なにより、歌詞がもってる芯の強さが好き。

 君が愛をもっと知って
 自分を愛せるなら
 一人の夜なんて
 もう、こわくないでしょう

 伝えたいことはいつだって
 足りないこというばっかりで
 でもそうでしょう。
 せつないのと、痛いの間をちゃんと言おう

この当たりの言葉がすごく好き。
恋と愛の橋渡しをしてくれるような、なんかそんな曲さ。

話は変わるが、最近母親の使っているコンピュータをMacにした。
理由は特にない。あるとすればうちの兄弟がMacが好きだからだ。
こういっちゃなんだが、前のXPでは、自分でとった写真をパソコンに入れることができなかった両親だ。
理由は分かっている。winの場合は、カメラをつなぐと

「フォルダを表示しますか?
 写真を○○に取り込みますか?
 印刷しますか?
 etc…」

とにかくシステムが「あれもできる、これもできる」と質問ばかりしてるんだ。
色々できるのかも知れないけど「わ、わ、わ、何をするの?」で止まってしまっていた。
俺もその後に「じゃあこれを選んで、あれを選択して」なんて教えたくもないので
(これは手順が多すぎて、難しくなってしまってるのがかわいそうに思えてしまうので)
教えずに放置しておいた。代わりに俺のMacにデータは入れておいた。

それが、Macにしてから、とりあえず自分で写真の管理ができるようになった。
これはけっこう大きな一歩だ。
あれやこれができるのは結構なことだ。
でもそれは、パソコンに写真を入れてからでもいいだろうよ。

そんな意味ではMacは(iPhotoは)良くできていると思う。

そうそうインターネットを見るソフトもSafariにかわった。
つかっている母親がこんなことをいった。

「あ、今度は『お気に入り』は「ブックマーク」にかわっただね。また勉強しないとねぇ」

俺らにしてみたらこんな変更ほぼゼロに等しいんだけど、立場が変われば「勉強しないと」になるんだなぁ、としみじみ感慨深かった。
普通に勉強になりました。

と同時にやっぱり親も年をとるんだなぁと思った。
60までもう少し、頭の中の「一度に記憶できる数」はやっぱり少なくなっている。
でも頭はまだまだ回る。新しいやり方を両親ともに模索してるんだろうなぁ、となんとなく思う。
俺も家族として、子供として、環境として、なにかしらの力にならんといかんな。
一緒に新子やり方を模索していく部分も必要なんだろうな、と思ったりもする。

まーーー、もうちっとだけ仕事やる。
新しいことをいろいろやるのだが、まあ効率が悪い。
それが勉強になっていくんだろうけど。