松浦さん
過ぎてしまえば、全てが不思議な気がします。
そもそも松浦さんに僕が拾われたのは、インターネットでのやりとりが原因でした。当時僕はインターネットに「大崎の会」というホームページをもっていたのです。松浦さん、大木の面々にもことわりもなく。
そのインターネットの掲示板に「会長(松浦さん)の許可なく大崎の会の名を語るな」との書き込みがありました。その書き込みの主こそ、馬道の会の大阪の勇、村上のまさやんでした。
最初はお互い文字だけの面識でしかも喧嘩腰。ところが今では顔を会わせ酒をも交わす仲になったのですから、不思議なものです。
ともあれ、そういったいきさつの中「本家本元浅草の松浦さんという方に、許可と言うか詫びにいこう。」そう思って出かけ、はじめて大木の門をくぐったのです。ガラガラと引き戸を引いて。
松浦さんはああいう方ですから「わざわざいいよ。おまえさんはおまえさんでやればいい。」と気にもかけない様子でした(でも今思うと、僕が帰った後どんな会話があったのでしょう)。
僕と言えば、ファンファーレの文章を読んで以来、あこがれていた松浦さんの前で、緊張しながらとんかつを食べ、お礼をいって店を後にしました。
驚いたのはその後です。日曜日、杉並の下宿で寝ていると、出窓の電話が鳴りました。
電話にでると「おう。松浦だけど、おまえさん、大崎の会の編集長をやらないか。またこいよ。」一方的に電話は切れました。午前中の日差しの中、まだはっきりとしない意識の中、何がおこったのかと思いました。
今になれば分かります。このとき僕は松浦さんに拾われたのです。
それを境に東京を去る日までの三年間ほどを、大木に通うことになりました。
編集長の座は結局吉川さんに座っていただき、吉川さんの元、副編集長として大崎の会を作らせてもらいました。そしてその御縁でいろいろな方に出会わせていただき、接点を持たせていただきました。
長い時間でした。でも今になって松浦さんが何を言っていたのか、思い出そうとしてもあまり思い出せないのです。
松浦さんはいつも僕らの会話を奥から聞き耳たてていて、時折「そうだねぇ」「馬鹿だねぇ」とつぶやいていただけでした。
でも松浦さんが何と言わなくても、僕らは松浦さんの気持ちが分かる。松浦さんだったらこうだろう、と思うことができる。人の気持ちを想像することは難しいことですが、それでも「できる」と断言できると思います。
思えば僕らは聞き入る松浦さんの口の代わりのように、大木でたくさんのことをしゃべりました。松浦さんにとってはそれで十分で、そしてそれで満足だったのかもしれません。
とにかく僕らは松浦さんと大木の空気の中で、気持ち良く喋り続けました。そうやって僕らの縁や気持ちや友情は、ゆっくりと暖まり大きくなっていったのだと思います。
今にしてみれば、松浦さんほどの才能がなぜ浅草のとんかつ屋におさまったままだったのか。不思議な気もします。でもそれがシャイな松浦さんらしいのでしょう。
それにしても繊細で飛び抜けた才能だったと思います。文章はもちろん、絵を描くにしても、トンカツを揚げるにしても、とにかく繊細。
僕らがいくら磨こうとしても磨けないその先の感性を、松浦さんは何をするにしても必ず形にして僕らの前に見せてくれました。その事実がただただ凄かった。
だから僕には「松浦さんになりたい」という気持ちがありました。
あの才能の全てを身に付け、自分の意のままに自由自在にいつか操ってみたい。そんなあり得ない夢をどこかで見ていたと思います。
でも僕に限らず多くの人が松浦さんのそんな魅力に引き付けられ、同時にその魅力の一片を身にまといたかったのではないでしょうか。
実はその夢は今もまだ続いています。少なくとも僕の中では。
松浦さんが亡くなったこと。今でも嘘のような気持ちになることがあります。だからこそきちんと受け止めなければ、と思い直したりもします。
でも振り返れば在りし日の姿ばかりが思い出され、今はもういないことなど、頭のどの部分をつかっても想像できないのです。それは事実として目の前に横たわっているのに。
今の時点で感じることを正直に言うと、松浦さんに見られているぞ、と思うことがしばしばあります。
それは何かを決断する局面。あるいは疲れて自分が妥協しはじめた時。ふと思うのです。
「おい、松浦さんが見てたらはずかしいぞ。」
今はそんな風です。そんな風にして松浦さんとの会話は続いていますし、そんな風にして日々を送っています。
いつかは松浦さんのように。ありきたりの台詞ですが、でも本当に少しでも松浦さんに追い付きたい。これからの長い人生を使って。そう思うのです。
「馬鹿だねぇ」松浦さんのそんな声が聞こえてきそうです。
でも松浦さん。馬鹿は死んでも直らんよ。だからあきらめてもう少し俺につきあってくれ。もう少し俺の中にいて俺のガイドとして、目標としてありつづけてくれ。
少なくとも松浦さんの残したたくさんの縁は、そう簡単にはなくならない。
だから、あちこちの頭の中、心の中に。好きなときでいいから、いつでもまた出てきてくれ。たくさんの話をきいてくれ。そしてたくさん俺たちをしゃべらせてください。
松浦さん。本当にありがとうございました。そして、ではまた。
2003年10月14日 火曜日 0:36に書かれた、昔の文章を見つけて。
ふと読み直して「エッセイ枠に残しておきたいな」と思ったのでこちらで公開しました。
更新
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