テキストは、テキストなりに信用する

インターネットはいまだに「テキスト」の文化だと思う。YouTubeや音声など色々なメディアが出てきたので、楽しみ方は増えたが、それでもメインはテキストだ。SNSで色んな発言が集まり、拡散され、いろんな世の中の声のような顔をする。

SNSが生み出す流れはテキストに真実味を加えるが、それはあくまで雰囲気だ。事実とは違う。言葉は簡単に生み出せるし、そのつなぎ方の妙は、いろんな意図や思惑の元に組み立てられる。それが文学として存在し、だからテキストは素晴らしいと思う。愛しい。ただしそこまで深く使いこなせる人は一部分だ。ほとんどのテキストは単調で、表現できる範囲はざっくりと限られている。言い方を変えれば「常に誤解を纏いながら存在している」テキストとは一般的にはそんなもんだと思う。

「そんなもんだ」と思いながらテキストと触れていく。これができない。つい感情がテキストに踏み込んでしまう。そんなことがSNSには毎秒ある。だから疲れる。そんな人生たまったもんじゃない。テキストにはテキストなりに存在してもらう。そういうメンタルの自分でありたい。テキストをこれからも、テキストなりに信用していきたい。一歩を踏み込みすぎないようにしつつ。


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