どういう世界にしたいのか


朝が10時間くらいあったらいいのに。

バタバタと仕事が始まる直前に日記を書くと、どうしても忙しい気分がどこかに出てしまう。 9時をすぎるとヨガをやるのを躊躇してしまう。宅配便の方が来たり、あるいは早めの仕事の電話があったり(当社は10時から営業)いろんな割り込みや、ちょっとしたストップが入るかもしれないと思うと。 もう一つ、自分のあれこれを躊躇してしまう。ぱぱっとやり出してみても「何かあるかも」っていうのが心のどこかにうっすらと漂っているのか。集中できなかったりせわしない感じになってしまう。

朝がもうちょっと長かったら良いのに。

この日記は8時ちょっと過ぎに今まさに書いていて、これを書き終わったら30分くらいウォーキングに出たいなと思っている。不調や疲れ、ストレスが足に、特にふくらはぎに出るようになったので、しっかり歩いて温めたり整えたいしたい。外の空気や音に触れたい。少し考えを整理したい。ふくらはぎにも血を巡らせたい。歩きたい。

先日ステレオペアにしたsonosからズーカラデルの音が良い感じに流れている。音が良いと気分が良い、という発見をつい先日したのだけれど、また一つ自分を知れて良かった。46年生きてきて、自分なりに音楽を好きでいて、こんなことにも気づかなかった。知ってる自分は、過去の自分だ。はみ出したところに明日の自分がいる。また一つそこに手を出すのだ。

自分がどういう人生を生きたいのか。どういう世界にしたいのか。もっともっと考えていこう。あいまいでふわっとしていて、それらを不確かに掴みながら、あるいは掴もうとしながら。わずかに残ったものを形にしながら。自分のそれと他人のそれがつながって重なった結果が、大袈裟でも今日の世界だ。

「世界を変えてみたい、あいつがそうしたみたいに」たまたまズーカラデルが歌っていた言葉。


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