俺のブログが偉いのは
書き出しに嫌味っぽさがあったら申し訳ない。ちょっとした「釣り臭」があったら、それもごめん。
最近の俺のブログが偉いのは「自分がやったことを書く」が基本になっている、ということだ。
SNSは特にそう。悪意のごった煮みたいな空気の中に、わざわざ毒薬を投げて魑魅魍魎を集めるリスク。それにすら触れたくないのだ。
その姿勢は、よくも悪くもブログに影響を与えた。
「ブログこそ思ったことを書く」と今も決めている。そして、自分が起こした事実を中心に「自分がどう思ったか」を伝えているはずだ。
このブログは「自分」に集中している。
思いの表明も大事。でも「こう思う」でひと心地ついてしまうのなら、その表明自体に意味はないのだ。
そこで止まってしまうのなら。悪影響ですらある。
今は言葉が強いから、言葉だけでも十二分に賞賛されてしまう。そしてその賞賛で満足して、完結してしまうことも多い。
いつのまにか「賞賛集め」が人生の目的にすり替わることもあるだろう。
「おお勇者よ、なんと意味のないことを」
行動を起こすのは大変。継続はもっと。そして結果や変化につながることは少なく、徒労に終わることも多い。
そういう理不尽も、全部ぶち込んで燃やす、自分の焼却炉を持つこと。
それが誰の心にも必要なのだ。分かってる。簡単ではない。
でも最終的には、やっぱそういうことでしょ?
