Think till I die
AIが出てきて。仕事もお金も今後どうなっていくんだろう。
仕組みが徐々に、そしてどこかでガラッと変わってしまいそうな予感がある。
期待よりも不安が大きいのではないか。
その中で「考える」という価値は、どのように変わっていくのだろう。
人間だけが言葉を道具として使う時代は終わった。
道具を使って仕組みを考え作り出すことに、AIも参加してきた。
自分よりも上手に考えるAIは、もう既にあるだろうし。
「人間が考える意味って、そもそもあるの?」
そんな時代に突入していくのだと思う。
同じようなことは「人間の移動」で既に起きているな、と思った。
自動車の出現。人間よりも早く、多くのものを運べる道具ができて。人がものを運ぶことは激変した。
一方で。マラソンやウォーキングなど、人の健康や競技としての運動は別軸で存在していて、そのためのビジネスも引き続き存在している。
考える、ということも。同じようになるのではないか。
面倒から逃げたい。誰かがやってくれれば楽。道具が便利になっていった道筋だ。
一方で、今この文章を、僕が考え書いているように。
「頭を動かすことの楽しさと健やかさ」というものも確かに存在し、それは必要なのだと思う。
人が考えるための手助け。これをビジネスとして磨き上げられるかどうかが、今後の道筋かもしれない。
人は死ぬまで考える。そう思っているし、少なくとも自分はそうありたい。
更新 2026月03日11 09時12分
