ハワイの嫌な思い出
小学6年生の時、水泳合宿に参加した。
当時通っていたスイミングスクールに加え、他のスクールからも参加者を募り、合同で合宿をした。
場所はなんとハワイ。
大学の夏休み期間中、学生たちが帰省して空いた寄宿舎を合宿所にして。こちらも空いている大学のプールをお借りして。総勢100名が、2週間水泳の練習をした。
メニューは朝練・昼練・夕練と、1日3回。海にも行かず、ハワイにまで行ってなぜプールで練習なのか。
実は、練習はほどほどに。空いた時間で大人が子供を先導してハワイを楽しもう、という趣旨のものだった。
ところが、コーチの中に2名、強面のコーチがいた。
二人とも太っていて、一人はパンチパーマ、一人はリーゼント。明らかに雰囲気が違う。鬼コーチだ。
他のコーチも鬼コーチを怖がって恐縮している。あそこは間違いなくハズレだ。
そして僕はこのハズレを引いてしまい、鬼コーチのクラスになった。
鬼コーチの練習には休憩が全くなかった。
本当にきつい練習で、100メートル泳いだら通常30秒はあるインターバル。これが10秒もないのだ。
ほとんど休まず次の100メートルがスタート。このやり方で20本。合計2キロを連続ダッシュで泳いでいるのと同じだった。
1日の全てで、このような練習が何回も続く。
あまりのキツさに戻しそうになり、プールから上げられる子もいた。しかし鬼コーチがかける言葉は辛辣で、その子は膝を抱えて無言で泣いていた。
今から30年以上も前の話だが、根性論全盛の当時にしても、全くもって理不尽で酷かった。
しかし、他のコーチは恐怖で意見ができない。
若い女性のコーチも多く、仕方のないことだったと今は思う。さらには子供たちの保護者もここにはいない。鬼コーチのやりたい放題だ。
意見をできる人は、結局最後までいなかった。
鬼コーチのクラスの子は、四六時中、誰もが常に悲壮な顔をしていた。
本来見知らぬ体験を楽しむための、ハワイという最高のリゾート。ところが僕らだけがそのハワイで、少しずつ心身ともに衰弱していく。
この合宿から逃げ出したい、僕は何度も思った。鬼コーチのクラスの皆も、きっと何度も同じように思っただろう。
ところが。いざ宿舎から逃げ出したとしても。
飛び出した先は英語だけの世界だ。日本語が通じない。だから助けを求めることもできない。
そもそも子供たちは大した現金も、パスポートも持たされていない。頼みの親も、ここにはいない。
最高のリゾートは、難攻不落の監獄になっていた。
僕らは最後までこの合宿をやり切る以外に道がなかった。なんとしても。
まだ暗い朝方。プールに続く 土の道と低い景色。その分高くて広い空。そこにある、日本では見ることができないたくさんの星。
落ちてきそうな、そのきらめき。その綺麗さに、少しも動かない、僕の疲れて冷めた心。
あの時の景色と当時の暗い気持ちは、僕の中で常に一つのセットになっている。それは何故なのだろうか。
1日が終わるごとに、カレンダーに何度もバツを重ねて塗りつぶした合宿は、小学6年生の体重を、2週間で8キロ落として終わった。