100均の商品を100円で作れるか。
100円均一の商品をちょくちょく買うことがある。
自分よりもよく買うのが子供たちだ。特に次男は買い物が好きで、子供のお小遣いには100均の商品はありがたい値段。
先日もカービーのフリスビーがあって。別にあるカービーのウォーターガンや、小さな置物コーンと、どれにするかと悩んでいた。結局フリスビーを買ったりした。
家でフリスビーを投げていると、家のあちこちに当たるので外で投げてくれ、という話になった。すると次男は拗ねて「だったら捨てる」というので、そこで少し怒った。
そこでは言わなかったのだが。100均の商品を見ていていつも思うのは
「これ、自分が100円もらっても作れないな」
ということ。労働対価としての100円がまずありえないくらい安いし、材料費も自分で探したとて100円で収まる気がしない。
大量生産や流通、企業努力や文明。それらの掛け算の成果と不思議で、100円という値段に収まっているが。これはほんとに凄い。
そう考えると改めて。「100円だから粗末に扱ってもOK。」みたいな考え方は、本当にないな、と思う。
100円程度のコストだから粗末に扱っても良い、のではなく。自分が100円もらっても作れないものだからこそ、粗末に扱ってはいけない。そういう考えでいるべきだな、と。自分についてはそう思う。
これは100円に限らず。100円以外の商品でも同じだ。金額の物差しだけで考えてしまうと、時々自分が偉くなりすぎてしまう。手間やコストもそうだが「その金額で自分が作れるのか」を考えるのは、自分を謙虚にする物差しとしては、わりと優秀だと思う。