師匠のエッセイを、時代を追って読み直すことにした。
落語とか歌舞伎のような師弟関係。特別そういう関係はないのだけれど。唯一、自分にとって師匠と言える人がいる。
浅草でトンカツ屋をやっていた松浦さんだ。
僕のブログに何度も松浦さんは出てくるのだけれど。この人の文章に惚れて、この人の文章が読める競馬雑誌(ファンファーレ)を買い続けた。
憧れが募り募って。結局本人に会いに行くことになり、そしてご縁があって、亡くなるまでの十数年。本当に良くしていただき、お世話になった。お骨も拾わせてもらった。
「トンカツ屋の主人とお客」その立場が基本だ。だから師匠とか弟子とかいう形では一切ない。実際、亡くなる直前まで「自分が弟子だ」と思った事はなかった。
でも、亡くなってしばらくして。多分、自分は松浦さんにとって「最後の弟子」のような存在だったんじゃないかと思う。
70代の松浦さん。出会った当時20代前半の私。多分自分の後に、同じような付き合いの人はいなかったはずだ。
先日、辻仁成さんのエッセイ講座を受けた。エッセイ講座から考えることは多く、改めて自分の文章のルーツを考えていた。
思い当たるのは、やっぱり松浦さんのことだ。自分が書きたい文章と言うのは、そのまま「松浦さんの文章の読み味、その再現。」だと思う。
とはいえ。人間が違うのだから、同じようには書けない。それもわかっている。
それでも、やはり僕の師匠は松浦さんなのだ。
どうやって自分の文章を良くしていこう。ふと、松浦さんの文章を読み返したくなった。夜中の物置の2階に上がり、大切に保管してあった箱の中から、松浦さんの本を取り出して、パラパラと読み返す。
少し読んで、びっくりした。
文章が読みやすいのだ。めちゃめちゃ読みやすい。文章がとにかく軽やかで短くてわかりやすい。そして気持ち良い。
浅草の古い言葉も多く使われているけれど、決してそれが重さになることはなく。ケレン味のような、独特の味わいになっている。
20年ぶりに読み直して、会話文がかなり多いことにも驚いた。
エッセイと言えば、なんとなく「会話というより、独白」そんな気がしていたのだが。
松浦さんの文章は、トンカツ屋に来る常連との会話、遠出した先での見知らぬ誰かとの会話。とにかく会話が多く、それが面白い。そして会話文も、文章の無駄がなく読みやすい。
エッセイ講座で辻さんが「小説を書けるようになると、エッセイも書ける。なので、次は小説講座。」と言っていた。でも「小説はちょっと難しいなぁ」と、逃げ腰の自分がいたのだ。
しかし、エッセイでの松浦さんの「会話の使いこなし」を見てしまうと。
「そりゃあ、小説が書けるなら、エッセイも書けるよなぁ。」
と納得してしまった。松浦さんの文章は、あくまでエッセイ。でも会話の部分は「まるで小説」のようなのだ。
松浦さんは、ひょうひょうと凄いことをやってのけていた。70代で、どれだけ若い文章を書いていたのだろう。改めてその事実に打ちのめされてしまった。
それと同時に「自分が70代になって書く文章は、20代の人にも喜ばれる、読みやすい文章でありたい。」とも思った。
松浦さんとはエッセイの形は最終的に違うだろうけれど。改めてひとつ目標がハッキリした。
そんなことを考えていると、改めて松浦さんのことが気になってきた。気になるのは「松浦さんの文章の歴史」だ。
70代に書かれたあの文章は、20代の頃、30代の頃、若い頃から書けていたのだろうか。それを知るには、松浦さんの文章を読むしかない。
松浦さんは、山の本を1冊、競馬の本を2冊。合計3冊の本を出している。これを改めて読み直して、文章の変遷を探るのだ。
アマゾンで検索をかけると、幸いにもどの本もまだ中古で売っていた。自分が持っているのは最新の1冊だけ。
実はもう1冊別の本があったのだが、同じように松浦さんのことを好きな知人に貸したままだ。その本にとってよほど知人宅が居心地良かったのだろう。それもまた良しだ。
1番古い山の本の出版は、1963年。この本を書いた時、松本清張が同じ雑誌でデビューしたばかり、と言っていたっけ。確かサザエさんを描く前の長谷川町子も、この本で連載をしていたはずだ。
改めて、なんて人だ。トンカツ屋の親父だったはずなのに。
謎多く、そのくせ軽やかで飄々としていて。70歳を過ぎても、ハタチの女の子から郵送でバレンタインチョコが届いた松浦さん。
あまり昔を語りたがらなかった松浦さんの、若い時分の人柄に、その当時の文章から迫ることができれば。文章の形はもちろん、その時の思いを感じ取りたい。
もはやちょっとした古典と言えなくもない、1960年代の文章。まさか令和になって、自分からこんなに積極的に取り組むことになるとは。
令和五年、僕は48歳。最初の本を出版した時、松浦さんは40歳。自分が年上の立場になって、年下の松浦さんのエッセイを読む日が、まさか来るとは。
更新 2023月03日21 08時42分