桃太郎の例えで納得。
まいど。
今日はけっこういい天気だったね。
家族で台風の被害をあれこれ修繕。
が、弟がすごくそういうのが得意なので、手伝いがもっぱら…。
桃太郎は鬼ケ島に鬼を退治に行きました。
今、ちょこちょこ「35歳までにやめる60のこと」って本を読んでます。
読みやすいし、一つ一つが短いので、ほんとちょこちょこ読める。
その中に
桃太郎はひとりで鬼退治に出かけたから、家来が集った
ってセリフがあって、なんかすごく納得しました。
あー、たしかにそうかも。
本にも書いてあるけど「四人集ったら、鬼退治に行きます。誰か家来になりませんか?」って言っても、きっと誰も集らないと思う。なかなかいい例えだなって思った。
二つの違い。
これってタイミングの問題をゆってるたとえであるけど、質の問題も指摘している。
っていうのも
- 一人で出かける…行動
- 四人集ればと呼びかける…思い
だと思うから。
どちらを世の中に表明するかによって、その後の流れが変わってくる、とも言えるよね。きっと。
現在の鬼退治。表明する場所はたくさんある。
そして現在。表明する場所は、ネット上にたくさんできた。
しかもSNSが発達したから、いろんな意見や賛同、励ましも得やすい。
そして「行動」と「思い」を比べると「思い」の方が圧倒的に表明しやすい。
「こうしました」よりも「こう思う」の方がすぐ文章に出来る。
それはこのブログもそうだと思う。
そしてきっと「いい意見」だったりすれば、それなりに賛同や「いいね!」も集る。
でもそこまで。そこまでうまくいっても「思い」では人は最終的には動かない。
「行動」をみせること。
「思い」を語ること。
方針は内容は同じであったとしても、やはり結果はだいぶちがってくる。
自分がよくやることだが「思い」だけで人を動かしたり、自分を変えようとしたりしてる。
そこが自分の圧倒的に駄目な部分だと思う。
大前研一さんの言葉だっけ?
俺この言葉が好きなの。
人間が変わる方法は3つしかない。
1番目は時間配分を変える。
2番目は住む場所を変える。
3番目はつきあう人を変える。
この3つの要素でしか人間は変わらない。
最も無意味なのは『決意を新たにする』ことだ。
決意も「思い」の一つ。
今回Facebookでタイムラインっていう機能が追加されて、発言を時系列に見れるようになった。
しばらく人生が進んでこれを見返すとき。
「思い」と「行動」
どちらが俺のタイムラインに多く並ぶだろう。
「行動」をより多く並べられるように、俺はしたい。
更新 2011月09日24 21時55分