夜の自分に、夜の時間を返してあげる

最近ちょっと生活リズムがズレる時があって。それがいくつか続いたら、ちょっと体調が下がってきたな、みたいな感じになった。

年齢もあるけど、それ以上にブタクサの花粉のせいだったり。急な気温の変化、だったり。そこに掛け合わせで生活リズムの不規則さが影響しているような気がする。

まあ、それらの掛け算の影響を受けやすくなったのは、結局歳のせいか、という気もしなくはないけれど。

あらためてこういう時は守りの時。リズムを意識して、夜ふかしをしないで「この時間になったら消灯する」みたいなことを意識しよう、そう妻と話をした。

だから昨日は十時前に寝た。そもそも九時には家族総出で布団に入るのだ。この話をすると、

「えーっ!」

って言われることも多いけど。小学生が七時過ぎには家を出るので、自然と起床は六時になるのだ。

逸れた話を戻す。九時にはベッドに入って、うだうだ十二時前までスマホとかみないように。そう思って布団に入ってじっとしていると、十時前には寝入ってきた。

寝落ちしそうなうたかたで、ふと頭にふってきたのが「ああ、夜の自分に時間を返してあげないとな」という、いままで思ったことのないことだった。

最近だんだんと「人生は借り物だなぁ」と思うことが増えた。これは完全に老化のせいだ。自分の体力や健康をできるだけ持続させるには、と考える。そうは言っても不老不死は存在しないので、いつかはみんないなくなる。

そう考えると「自分の体や人生を今は借りていて、最終的には返す、みたいな感じなのかなぁ」とぼんやり思ったりしたのだ。借り物だったら尚更丁寧に使わないとなぁ、とも。

その延長戦上に生まれた新たな考えが「夜の自分に、夜の時間を返す」ということだった。昼の起きてる自分だけが自分のような気がするけれど、本当はそうじゃない。

夜の自分は夢もみたいし、体をいろいろ回復したい。昼の自分が昼の時間を楽しみたいように、夜の自分も夜の時間を楽しみたいだろう。だから欲張らずに、十分な時間を返してあげないとな。そんなことを思ったのだ。

歳をとるとだんだんと自我がぬけてくるのかもしれない。新しい発想、新しい感覚になるのは面白いことだ。夜の自分に頑張ってもらう間は、昼の自分は休憩できる。昼の自分にはおもいつかないような、いろんな夢や発想をもらえるのも、夜の自分が楽しんでこそ、だ。

人生に自分が二人いる。この歳でまさかそんな発見をするとは思わなかったな。びっくりしてる。



更新 2022月11日22 19時32分

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